大阪とその周辺・中国地方の小旅行の記録です。
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雲こそ吾が墓標 落暉よ碑銘をかざれ

わが旧き友よ
今はたして如何に
共に学び
共によく遊びたる京の日々や
其の日々の盃挙げて語りし
よきこと
また崇きこと
大津よ山科よ
奥つ藻の名張の町よ
布留川の瀬よ
軍に従いても形影相伴いて
一つ屋根に暮らしたる因縁や

友よ
思うことありなしや
されど近ければ近きまま
あんまり友よ
しんみり話をしなかったよ
なくてぞ人とはとか
尽さざるうらみはあれど
以て何かをしのぶよすがとなせ
(阿川弘之 雲の墓標)
わが旧き友よ
今はたして如何に
共に学び
共によく遊びたる京の日々や
其の日々の盃挙げて語りし
よきこと
また崇きこと
大津よ山科よ
奥つ藻の名張の町よ
布留川の瀬よ
軍に従いても形影相伴いて
一つ屋根に暮らしたる因縁や
友よ
思うことありなしや
されど近ければ近きまま
あんまり友よ
しんみり話をしなかったよ
なくてぞ人とはとか
尽さざるうらみはあれど
以て何かをしのぶよすがとなせ
(阿川弘之 雲の墓標)
広島県呉市の呉駅前には、世界に誇れる日本の軍艦、そして悲劇の末路をたどった戦艦大和の博物館「大和ミュージアム」があります。
高い技術を持っていた呉海軍工廠の最高傑作でありながらあまりにその命は短く散ってしまった大和はいまだに人気が衰えず、悲劇の不沈艦として映画やらドラマで取り上げられています。
大和ミュージアムは戦艦大和をはじめとして呉・広の海軍工廠での技術や歴史と、終戦後の造船技術などを紹介してます。もちろんチケットを買って中に入るんですが、チケットを見せる前に大和に関する技術や証言ビデオを上映してる一角があり、そこはチケット無しでも入れます。ここだけでも見る価値あり。
大和に乗って生還された方の証言などは、色んなテレビなどで見ますが、本当に戦争にかかわっていた人がそれについて語る時の迫力には圧倒されます。戦争を美化する思想は私にはありませんが、そこで実際命をかけた人々は戦後に生まれた私たちの中には生じえないものを持っておられ、語られる上官の言葉や仲間とのやりとり、最期の様子は何度聞いても涙が出てしまいます。
ここでは1/10スケールの大和の模型が有名で、ホールの真ん中にどんと展示してあります。上から下から、色んな角度から見てるようになってます。正面の菊の紋を背景に写真を撮ってくれるサービスもあるようです。「はいチーズ」のかわりに「はーい、ヤ マ ト」という掛声が恥ずかしく、見てられないので顔を赤らめて足早にその場を去っておく。
呉の歴史に関する資料館の中は撮影禁止です。ペリー来航から始まる海軍の歴史、技術習得の時代から、大和の建造と終戦まで、数コーナーに渡ってビデオ上映と一緒に資料を展示しています。やっぱ一番人気は大和を太平洋戦争の勃発から終戦までのあたり。私もそこのコーナーでは2回ビデオを見てしまいました。
恥ずかしながら、私は広島というと原爆しか知りませんでしたが、海軍工廠のある呉市は何度何度も激しい空襲の標的になっていたそうです。軍港の艦の多くが中破・小破の被害を受け、工廠地域の破壊によって、多くの人が命を失い、その機能も停止してしまったのでした。

大和の模型以外にも魚雷や砲弾、零戦なども展示されています。これらは呉や広の海軍工廠で建造されたものだそうです。知らんかった。人間魚雷「回天」もありました。写真でいうと奥の右のやつです。「人間魚雷」って響きだけでゾッと怖くなる・・・飛行機にしても魚雷にしても、生きて戻れないことを覚悟する時、どんな気持ちになるんでしょう・・(ああ陳腐な言葉)。左側奥は魚雷。左側手前は特殊潜航艇・海龍です。
高校の時、教科書に「雲の墓標」が載っていて(抜粋ですが)、ほとんど授業を聞いていなかった私はテスト前夜まで全く読んでおらず一度くらい読んでおかないと・・という気持ちで読み始めたのですが特攻死を前にした人の心情を表現したある一文に突然心を打たれ、明け方(寝ろよ)に教科書を前にポロポロ泣いたのを覚えてます。
「夕、苺が配給になった。赤いつやつやとした甘い果実。
かきつばたが咲いても、苺を食っても、ひとつひとつこれが最後の此の季節のめぐみとおもえるので、
こころに沁みてありがたいのである。」
高い技術を持っていた呉海軍工廠の最高傑作でありながらあまりにその命は短く散ってしまった大和はいまだに人気が衰えず、悲劇の不沈艦として映画やらドラマで取り上げられています。
大和ミュージアムは戦艦大和をはじめとして呉・広の海軍工廠での技術や歴史と、終戦後の造船技術などを紹介してます。もちろんチケットを買って中に入るんですが、チケットを見せる前に大和に関する技術や証言ビデオを上映してる一角があり、そこはチケット無しでも入れます。ここだけでも見る価値あり。
大和に乗って生還された方の証言などは、色んなテレビなどで見ますが、本当に戦争にかかわっていた人がそれについて語る時の迫力には圧倒されます。戦争を美化する思想は私にはありませんが、そこで実際命をかけた人々は戦後に生まれた私たちの中には生じえないものを持っておられ、語られる上官の言葉や仲間とのやりとり、最期の様子は何度聞いても涙が出てしまいます。
ここでは1/10スケールの大和の模型が有名で、ホールの真ん中にどんと展示してあります。上から下から、色んな角度から見てるようになってます。正面の菊の紋を背景に写真を撮ってくれるサービスもあるようです。「はいチーズ」のかわりに「はーい、ヤ マ ト」という掛声が恥ずかしく、見てられないので顔を赤らめて足早にその場を去っておく。
呉の歴史に関する資料館の中は撮影禁止です。ペリー来航から始まる海軍の歴史、技術習得の時代から、大和の建造と終戦まで、数コーナーに渡ってビデオ上映と一緒に資料を展示しています。やっぱ一番人気は大和を太平洋戦争の勃発から終戦までのあたり。私もそこのコーナーでは2回ビデオを見てしまいました。
恥ずかしながら、私は広島というと原爆しか知りませんでしたが、海軍工廠のある呉市は何度何度も激しい空襲の標的になっていたそうです。軍港の艦の多くが中破・小破の被害を受け、工廠地域の破壊によって、多くの人が命を失い、その機能も停止してしまったのでした。
大和の模型以外にも魚雷や砲弾、零戦なども展示されています。これらは呉や広の海軍工廠で建造されたものだそうです。知らんかった。人間魚雷「回天」もありました。写真でいうと奥の右のやつです。「人間魚雷」って響きだけでゾッと怖くなる・・・飛行機にしても魚雷にしても、生きて戻れないことを覚悟する時、どんな気持ちになるんでしょう・・(ああ陳腐な言葉)。左側奥は魚雷。左側手前は特殊潜航艇・海龍です。
高校の時、教科書に「雲の墓標」が載っていて(抜粋ですが)、ほとんど授業を聞いていなかった私はテスト前夜まで全く読んでおらず一度くらい読んでおかないと・・という気持ちで読み始めたのですが特攻死を前にした人の心情を表現したある一文に突然心を打たれ、明け方(寝ろよ)に教科書を前にポロポロ泣いたのを覚えてます。
「夕、苺が配給になった。赤いつやつやとした甘い果実。
かきつばたが咲いても、苺を食っても、ひとつひとつこれが最後の此の季節のめぐみとおもえるので、
こころに沁みてありがたいのである。」
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■profile
HN:
ぷり
HP:
性別:
女性
職業:
会社員
趣味:
旅行 トランプ
自己紹介:
大阪在住の初心者ブロガーです。仕事のストレスは旅で癒す。
◆愛機
RICOH R10
Cannon PowerShot G11
PENTAX K10D
DA FISH-EYE 10-17mm F3.5-4.5 ED [IF]
DA 18-55mm F3.5-5.6 AL
FA35mm F2 AL
SIGMA APO 70-300mm F4-5.6 DG MACRO
SMC PENTAX-DA ズーム 16-45mm F4 ED AL
PENTAX Optio P80
・4travelに登録。←NEW
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